宝箱へ戻る

からだの不思議
今からでもからだを大切にしたいとの思いで
森 正敬先生(ハンドルネーム:げのむ様)に
お願いし、「げのむトーク」を連載いたします。
No58
げのむトーク
  血友病が歴史を変えた!
父: 話は変わるけど、世界史で「血液病」が出てくるところは習った?

娘: 習っていないと思う。どんな話なの?

父: 19世紀終わりから20世紀の初めにかけて、イギリス、ドイツ、
  スペイン、ロシアなどのヨーロッパ王室に血友病の患者がたくさん出た。

娘: どうして同じころに、いろいろな国に血友病が出たの?

父: 王室の間の政略結婚のために広がった。血友病をたどって
  いくと、イギリスの「ビクトリア女王」にたどり着いた。ところが、
  ビクトリア女王の祖先には患者はまったくいないので、
  この変異遺伝子は女王自身か、女王の両親のいずれかに生じた
  「突然変異」と考えられる。

娘: そういえば、血友病の30%くらいが新しく生じるのだったね
  (第56回)。ところで、ビクトリア女王といえば、「ビクトリア王朝」を
  築いた名女王だよね。世界各地を植民地にして一大植民地帝国を築き、
  イギリス帝国を繁栄に導いたと習ったよ。

父: 夫アルバートとの仲がよかったことでも知られている。アルバートが
  亡くなったとき、夫の死を悼んで作ったのが、「ビクトリア・アルバート
  博物館」だ。さて、ドラマは「ロマノフ王朝」の「ロシア」で起こった。

娘: ロシアには血液病がどうして伝わったの?

父: ビクトリア女王の孫娘の「アレクサンドラ」が、ロシアの
  「ニコライ皇太子」と結婚し、ニコライ2世皇后となった。二人の間には
  4人の皇女に続いて、5人目に待望の「皇太子アレクシス」が生まれた。
  ところが、アレクシスに血友病が発症したのだ!

娘: そうなんだ。アレクサンドラが保因者だったのね。当時、それは
  分かっていたの?

父: 血友病の遺伝形式はすでに分かっていたので、アレクサンドラは
  正常か保因者かのどちらかだった(それぞれ2分の1の確率で)。
  当時イギリスとロシアは微妙な関係にあったので、ビクトリア女王が
  アレクサンドラを利用して、血友病の遺伝子をロシアに送り込んだ
  という説もある。

娘: わー怖い話ね。それで、アレクシス皇太子はどうなったの?

父: 血友病の発作が起こるたびに、ロシア王室は大騒ぎになった。
  そこに登場するのが「怪僧ラスプーチン」だ。ラスプーチンの祈祷で
  アレクシスの病状は改善し、ラスプーチンは皇帝夫妻に絶大な信頼を
  勝ち取った。

娘: えっ? 血友病が本当に祈祷で治ったの?

父: 真実は不明だが、一種の催眠療法ではなかったかと
  考えられている。ところが、ラスプーチンは皇帝夫妻の権威を
  傘にきて、政治に口を挟むようになった。

娘: そのころのロシアはどんな状態だったの?

父: そのころロシアは、日露戦争の敗北や労働運動などによって、
  王室に対する国民の不満が高まっていた。そこにラスプーチンが政治を
  動かすまでになったので、ラスプーチンは廷臣や 国民の憎しみを買い、
  191 6年12月に王室の廷臣によって暗殺されたのだ。

娘: それで、ロシア王室はどうなったの?

父: 国民の不満は収まらず、1917年3月についに「ロシア革命」が
  起こり、ロマノフ王朝は滅亡した。ニコライ2世は5人の子供とともに
  シベリアに流され、さらにウラル地方へ移され、一家はそこで銃殺された。
  そして、1919年には「ソヴィエト連邦」が誕生することになる。

娘: ロシア革命に血友病が引き金になったということね!

父: そのとおり。「歴史に”もし”はない」といわれるけど、ニコライ皇太子が
  血友病を発症しなければ、ロシアの歴史、ひいては世界の歴史は
  変わっていたかもしれないね! この話にはさらにおまけがあるので、
  次回に紹介しよう。