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からだの不思議
今からでもからだを大切にしたいとの思いで
森 正敬先生(ハンドルネーム:げのむ様)に
お願いし、「げのむトーク」を連載いたします。
No59
げのむトーク
 ニコライ2世のDNA鑑定と大津事件
父: ニコライ2世一家が銃殺された後、ソヴィエト連邦の時代となったが、
  皇帝一家が死んでいないという噂や、末娘(第四皇女)「アナスタシア」が
  生きているという噂など、いろいろな噂が流れた。

娘: 全員が銃殺されたことがはっきりしているのに、なぜそんな噂が
  流れたの?

父: ソヴィエト時代には、ニコライ2世の最後について話題にすることは
  タブーだったらしい。ソヴィエト政府は”ニコライ2世のみ処刑されたが、
  家族は安全な場所にいる”との公式発表を行った。これは、イギリスや
  ドイツ(アレクサンドラ元皇后はドイツ出身)など外国とのトラブルを
  避けるためであった。

娘: 「アナスタシア」という映画があったと思うけど、この話と関係が
  あるの?

父: そうだよ。自分こそアナスタシア皇女だと主張する女性が現れ、
  世界の話題をさらい、「アナスタシア伝説」が生まれた。しかし実際には、
  その女性はニコライ2世一家と関係がないことが分かった。この事件は
  ハリウッドで2度映画化され、ヒットした。「追憶(原題アナスタシア)」
  (1956年)と「アナスタシア」(1997年)だ。

娘: そんなことがあったのね。「ソヴィエト連邦」が崩壊して「ロシア共和国」
  になってから、ニコライ2世一家殺害の話はどうなったの?

父: ロシア政府は、ニコライ2世一家全員が銃殺されたことを正式に
  認めた。ニコライ2世一家の遺体の埋葬について疑問が出されて
  いたので、その真偽をはっきりさせるために、遺体を掘り返して、
  「血液型」や「DNA検査」による「鑑定」を行った。

娘: すごいことをするのね! それで、結果はどうだったの?

父: まず、ニコライ2世のものとされる遺骨は、本人のものであることが
  確認された。


娘: ちょっと待って。「DNA鑑定」などを行うためには、本人のDNAが
  必要だと思うけど、どんな試料が使われたの?

父: よく気がついたね。複数の試料が使われたが、日本に
  保管されていた試料も大変役に立った。

娘: えっ どういうこと?

父: 実は、ニコライ2世は皇太子時代の1891年に日本を訪問して
  いるのだ。長崎に来航し、鹿児島や神戸や京都などを訪れた。
  ところが、滋賀県の大津において、「ニコライ皇太子は日本内を
  スパイをしに来た」と誤解した巡査津三蔵がニコライ皇太子を
  刀で襲撃し、傷を負わせた。幸い傷は浅く、ニコライは命を
  とりとめた。このときに保管されていた「血染めのハンカチ」が
  鑑定に使われたのだ。

娘: 傷害事件の血液が鑑定に役に立ったのは、皮肉な感じがするね。
  ところで、ほかの家族はどうなったの?

父: 皇帝一家全員の遺骨のDNA鑑定が行われ、全員が本人である
  ことが確認されている。

娘: その後、ニコライ2世の評価はどうなっているの?

父: ロシア正教は、ニコライ2世一家全員をソヴィエト革命の
  犠牲となった殉教者として「列聖」した。

娘: よかった。少しは心が休まったわ。