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陽子の日記
23年 1月
 
 
 
 
   1月25日 
 
   10日前はこの写真の様な大雪でした。
現在は雪も溶け、山影に所どころ
残る程度です。
すっかり納豆屋さんとなってしまった
オッカサンは緑大豆の選別から納豆の
仕込み、納豆蔵での作業と
納豆に追われ、日常を写す、
カメラマンの仕事を忘れていました。
1眼レフのカメラはレンズ選びに
気を使います。
まずは何回も写す練習をしないと
行けませんね。ファイト(^Θ^)
 
   1月21日 
 
   
新年会が行われたり、
肥後の赤牛の肉を使った料理教室に
参加したり、ボランティアのパソコン教室を
開催したり、山都町のいきいき大学
教養科に参加したりと本業の納豆作りは
夜中の作業となる、全く、年の初めから
忙しい生活です。
年の初めから多くの人々沢山のお話をして
私に無いパワーを頂きます。
サー 雀のように少しづつ飛び立ちます。
 
 
 
   1月17日 
 
 15、16日と降り続いた雪は
室内温度ー3度と冷え込み
外気はー9度近くを示す温度計
湯沸かし器の破損、水道管の破裂と
近所の悲鳴が聞こえて来ます。
我が家は
十分に水道水の水を出すことで
凍結を防ぎ、
水道管の破裂はありませんでした。
   
この写真は16日の10時頃の写真です。
これだけ道路の凍結があると
どうしても出かける必要性のある
車だけの通行となります。
庭から町道へ出て、足跡の無い雪の
車道でカメラのシャッターを切る動作は
子供が雪遊びをする姿に似て、
心踊る楽しみがありました。
17日には町道の雪も姿を消し
庭に残る残雪は晴天の光りにも
びくともせず、まだまだ、
残雪は冬を楽しんでいるようです。
 
 
 
   1月15日 
 
  昨日までは晴天でしたが
天気予報の通り、雪と風
の暴風です。
芦屋田地区では土曜日の
15日にどんどやを行った為に
芦屋田天満宮の裏手の雑木林を
切り、その、切った雑木でどんどやを
組み立て燃やしたそうです。
毎年、オバサンカメラマン(私)も
同行して写真を写すのですが
今年の悪天候にはカメラを
持ち出し、雪に濡れるのが
怖く、風雪の中で組み立てられる
どんどや作りの作業を
シャッターチャンスとして写す事が
できませんでした。
風雪が止んだ頃
御鏡餅を持って出かけてみると
すでにどんどやの形は崩れ、
赤々と燃える丸太で持ち寄った
御鏡餅やカッポ酒の肴、鳥肉、
牛肉、ウインナー、などを食べな
がら、新年の健康を願い、
どんどやでの会話が弾みます。
そのころ、道路は雪の為、
ノーマルタイヤでは走行できないほど
積雪量がくなっていました。
ここは九州のど真ん中、山都町の芦屋田
地区、町内でも積雪量の多い場所です。
 
 
 
  1月9日 
 
まだ庭の雪が溶けてくれません。
旧矢部、町内で標高が一番高く
いつまでも雪が残る場所なのです。しかし、
広い山都町内では我が地区よりも
もっと標高の高い場所が
沢山あるのですけどね。
山都町は蘇陽町、清和村、矢部町と
合併したことで広大な面積を誇り、
私の知らない地区が沢山あります。
今年はカメラを持って少しづつ
地域の散策をしたいと考えています。
朝陽を受けた前田の風景です。
 
  1月5日 
 
     
 
全国的な寒波は我が町、山都町にも来ました。
2日の日には唐津市の方ので還暦祝いの同窓会が行われましたが
この大雪の為、九州自動車道八女インターからの交通規制などがあり
私の運転では何が起こるか 心配でしたので 車での帰省を諦めました。
ノーマルタイヤではとても走行できません。
この写真の風景は九州の山都町の我が家の風景ですよ
私の所は阿蘇外輪山、毎年この様な積雪に震えあがります。
冬場は市内から車で上ってくると万坂トンネルを抜けます、
「トンネルを出ると別世界に来たようだ」と積雪の多さに
多くの人が目を見張ると言います。しかし、近年は暖かく成った様に思います、
水道管の凍結が少なくなりましたからね。
  1月1日 
 

明けましておめでとうございます。

昨年は「芦屋田工房」にご来店頂きまして
ありがとうございます。
皆様の新しい年のご多幸を
お祈り申し上げます。
何年たっても未熟なHPですが
還暦を迎え、毎日を楽しみながら
1段づつ踏みしめて進めて行こうと
思っています、どうぞ今年も変わらぬ
ご愛顧の程をよろしくお願い申しあげます。

今年の年明けは全国的な雪で始まり、
我が町、山都町の積雪は20センチ前後と
身動きが取れない状態となっています。
私の故郷では1月2日の日に同総会が
開催されること成っていましたが雪の為、
高速道路も一部通行止めとなっている所があるとの事で参加をキャンセルいたしました。
とても楽しみにしていた還暦祝いの同窓会
自然の力にはお手上げですね。