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陽子の日記
23年 6月
 
 
  6月22日 
 
今日はお客様です。
「現代農業の出版社」であります農文協の堀川様が
お話を伺いにお越し頂きました。
農家の嫁として他の人とはちょっと違う嫁?
大豆を作り加工して納豆作り
そんな私を記事にUPして下さいね。 
 
     
堀川様と一緒に 
  6月18日 
 
町営体育館ではへき地保育園の
合同運動会が行われています。
主人が管理人をしています関係で
私も写真の練習にちょっと覗いてみました。
20名程の園児と沢山の応援団
(お爺ちゃん、お婆ちゃん、ご両親
そして先生方、PTAの役員さん)に
囲まれて園児たちは大喜び
大人たちも楽しい運動会だったようです。
中島保育園、下矢部保育園、御岳保育園
3園の合同運動会でした。



お父さんたちが速い、速い
我が町、
山都町も子供たちの人数が
減り、来年は保育園が減る
可能性があるとの事。
淋しくなりますね・・・・・
日本全体が子供の少ない
国となった今、近い将来は
どのような環境に成るのでしょうか?
我が子達を遠方に出している
私達はこれでいいのかと
考えさせられます。
 
 
   6月13日 
 
   
6月11日から降り続ける雨は
周りの土手を崩壊させ、濁流となって
流れて行きました。
雨の切れ間にだいぶん成長した
ひまわりの苗を町道の周りに
芦屋田地区全員が集まり植えて
行きました。秋には菜の花の種を
まいたり自分たちの集落を全員で
美しくすることは
とても楽しみな事です。
 
 
     

私の住んでいる集落、芦屋田地区では
町道の片隅に、春はひまわりの苗を
植え、手入れをしながら育てます。
秋にはひまわりの花が笑顔で
多くの人を出迎えてくれます。
老人会で苗を育て、全員で植えました。
過疎化して行く集落でお互いに
出来る仕事をしながら助け合って
楽しく生活しています。 
 
 6月12日 
 
    毎年ではありますが田植時期は雨が降らず、田植の準備に苦労して、
今に成ってこの豪雨、自然て意地悪ですよね。
六月十一日の豪雨は我が家の前に広がる前田を大きな川となし、隣集落の砂防ダムを
壊して流れ小さな橋をも持ち去る勢いで流れていました。
田植が済んだばかりの田んぼは濁流に揉まれ、防災用に作られた農道の下の水路は
水が吐けず、フェンスから噴き上げ、集まった水は黒々とドクロをまき
色々なものをまきこんで流れて行きます。
さながらに東日本震災の河を昇る津波の様に恐怖を感じました。
私は手作り納豆をお届けに旧清和村の方へ国道を走らせていましたが
国道の側を流れる河川の激流を目の当たりにした時、さながらに東日本震災の
河川を昇る津波の様に黒々と波を立て渦を巻いて
すべてをのみ込むような激しい流れに恐怖を感じました。
今朝もまだ降っていますが昨日ほどではありません、カメラにビニール袋をかぶせ写真を写してきました。
ビニールハウスの向うは田植が済んだ田んぼを流れ畔を壊して流れています。
   
   
   
   
 
 
   6月6日 
 
     

4日の日から愛媛で行われる甥の結婚式場へ
熊本の山奥から、どの交通手段を
使っていくか、たいへん迷いました。
新幹線にも乗ってみたいし、
大分からフェリーを使うのも
いいかなー、それとも飛行機にも
乗ってみたいし!!
子供みたいに楽しんで 決めたのは
     熊本の山都町から乗れる、宮崎、博多間の
高速バスに乗り、博多バスターミナルへ
それから福岡空港から愛媛の松山空港へ
胸ワクワクで出かけて来ました。
独身時代は愛知県の方から福岡空港へ
飛行機をよく使ったものです。
甥の結婚式は若者らしい、式の進行であり
感動させられる場面が多く
時代の流れを感じる結婚式でした。日頃、
ハイヒールを履く機会が少なかったので
履きなれたハイヒールと思っていたのですが
飛行場からホテルまで足が痛くて
田舎者のオバサンは散々でした。
結婚式は着物で参加しましたので
式が終わるとタクシーで靴を買いに
一目散、ようやく歩きやすい靴に巡り合い
安心してお土産買いを済ませ
松山発の飛行機へ乗ることができました。
若い2人に幸多い事を祈ります。
   6月3日 
 
    豪雨で災害が発生している所がある
一方でカラカラ天気で雨が降らず
田植ができなかった私達
先日の雨でようやく1週間かけて
6反ほどの田んぼに田植ができました。
現在の田植機械では6反ほどの
田植は数時間で植え終わる時代なのに
雨水に頼る田植は辛いところです。
今年は本格的に大輪の菊の作り方を
いきいき大学で習い始めました。
挿し芽、植え替え5号鉢、シン留めと
菊の苗作りを楽しんでいます。